植物学者の卵であった彼は、休暇を利用して祖父母の家の近くで植物採集を行っていました。
休暇の間は、祖父母の家に泊めてもらっています。
山に入って植物を探すことを話すと、「雨が降ったらすぐに帰ってこい。雨宿りなんかするんじゃないぞ」と言われました。
彼は適当に返事をして山に入って行きました。
彼が勤める場所から遠かったため、普段は見られない植物が多く、時間を忘れて植物採集に勤しんでいました。
帰る予定の時間が過ぎましたが、予想以上のはかどりに心を奪われ、つい夢中になって山の奥まで入り込んでしまいました。
辺りが暗くなりかけた頃、急に雨が降ってきました。
天気予報では夜遅くに降ると聞いていたので、彼は雨具の類は置いて来てしまっていました。
濡れると困る荷物もあったので、彼は急いで山を出ようとしました。
予定よりも山奥まで入ってしまったので、走れど走れどなかなか山を降りられません。
雨も激しさを増していたので、どこかで一休みしたかったのですが、あいにくと雨をしのげそうな場所が見つかりませんでした。
諦めかけたとき、小さな小屋を見つけました。
少し雨宿りさせてもらおうと思い、小屋の中に入りました。
調べてみると、誰もいませんでしたし、家具どころか何もありませんでした。
どうやら廃屋のようです。しかし、雨漏りもしていなかったので、雨が弱まるまで休んでいくことにしました。
すると、小屋の奥からヒタ、ヒタと足音が。
暗くてよく見えませんでしたが、女の子のようです。
ここの住人ではないし、彼女も雨宿りしているのかと思った彼は彼女に挨拶をしましたが、どうやら聞こえていないようです。
「なにか喋ったの?」と聞いてきたので頷くと、「ごめんね、聞こえないの」と返してきました。
耳に障害を持っているのかと考えていると「ひとつちょうだい」と言ってきました。
食べ物でもほしがっているのかと思い、持っていたチョコレートを差し出しますが「これ、いらない」と言ってきました。
他には食べ物を持っていないことをジェスチャーすると「聞こえないのはイヤ!ひとつちょうだい!」と言って、彼の左耳に飛びかかりました。
引きちぎられるような痛みに耐え切れず、女の子を振りほどきました。
その隙に小屋から脱出し、一目散に逃げ帰りました。
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祖父母の家に着くと、心配していた祖父母が玄関で出迎えてくれました。
遅くなったことを詫びた彼は家の中に入り、祖父母に左耳のことを聞かれました。
不気味な色の痣ができていました。
小屋での出来事を話すと、
「そいつは昔その小屋で死んだ娘が化けて出てきたんじゃ。全身を野犬に食われて、耳や手足を無くしたんじゃ。何十年も前の話じゃ。その子は親から『欲しいもんは一個まで』と躾けられとったらしいから、食われた部分を一個ずつ欲しがったんじゃろ。あの辺で腕や足を無くしたもんが後を絶たんから、気をつけるように言ったんじゃ」
と話してきました。
あのまま逃げ遅れていたら、左耳は女の子の一部にされていたのでしょう。
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