富士の樹海ほどではないにしろ、多くの遭難者が出る山林があります。
その山は食用の高級きのこが自生していて、一儲けするために山に入る人が多いようです。
話を聞いた彼もそんな一人です。
彼が山にたどり着いたとき、山の入り口付近はきのこが取り尽くされていて、既に同業者は引き上げたあとでした。
しかし、山の奥に入ればまだ残っているかもしれないと思い、彼は山の奥の山林まで歩いて行きました。
迂闊にも、目印になるようなものを確認しておかず、帰り道が分からなくなってしまいました。
生い茂る木々のせいで薄暗く、日が沈む前にはなんとしても下山したかった彼は、ひたすら歩き続けました。
歩けど歩けど同じような景色、出口は一向に見つかりません。
すると前から歩いてくる人影がいます。
彼も迷ったのかと思い、声をかけます。
するとその人物はびっくりした様子でこちらを見ています。
こちらからは相手の詳しい容姿はよく分かりません。
「迷ったのなら一緒に出口を探さないか?」と提案すると、「お前に着いていっても出られないよ!」と言い、その人物はどこかに行ってしまいました。
諦めてしばらく歩いていると、またしても誰かに遭遇しました。
先ほどの人物よりも老けて見えます。
しかし、声をかけた途端に「もう嫌だ!出してくれぇ!」と言ってどこかに走り去ってしまいます。
訳が分からず一人で歩き、また誰かに会いました。
今度はかなりの老人です。今度は彼の方から声をかけてきます。
「このどちらかに行けば出られるかもな。お前さんはどっちにする?」
と言われたので、木々で分たれた道の右側を選びました。
するとその老人は「多分、正解だよ。これで良かったんだよな。」と言い、どこかに行ってしまいました。
その道を歩いていると見事に元の場所まで戻って来られました。
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しかし不思議なことに、あまり時間が経っていなかったのです。
近くの町に宿をとっていた彼は宿の従業員に話をしました。
別れた彼らが心配だったのです。
するとその従業員は
「よく無事でしたね!普通あそこに入り込んでしまったら永久に出られないんですよ!」
と言うのです。
何を大げさな、と思いましたが、確かに遭難者が多いところだしな、と思い、では、別れた彼らを助けないと!と思ったところで、「彼らはおそらく消え去っています」と言うのです。
何をおかしなことを、と思いましたが、「彼らはおそらく『迷い続けたあなたの未来』」だと言うのです。
確かに、薄暗くてはっきりとは見えませんでしたが、全員が自分と似た格好をしていたのを思い出します。
そして、過去の自分に出会った彼らは自分の境遇に気付いてあんなことを口走ったのです。
過去の自分に着いていっても出られないことは分かっているし、何度も過去の自分に出逢えば発狂もする。
最後の老人は、過去に自分が出会った時とは逆の選択をしたことで満足したのでしょう。
あの山林では時間が止まっていて、お腹が空かず、簡単には死なない代わりに年だけはきちんと取ってしまうそうです。
過去の自分が抜け出したので、未来の彼らは消滅したのだろう、というところで話は終わりました。
もしかしたら、出会った彼らと同じ運命を辿っていたかもしれないと思うと、彼は背筋が冷たくなるのを感じました。