彼は用事のため、とある町を目指していました。
原付で向かうことにしていましたが、途中でマシントラブルに見舞われ、予定した時間に間に合わなくなってしまいました。
先方にその旨を伝え、彼は山間の道路を原付で走っていました。
修理したばかりとは言え、元々そこまで性能が良くなかったため、目的地まではまだまだ時間がかかってしまいます。
そんな中、脇に抜け道を見つけました。
その方角は目的地に向かっていたので、近道ができると考えた彼は、慣れない山道を原付で突き進むことにしました。
登りは良かったのですが、下りが急になっていたため、彼は坂の途中で転倒してしまいます。
幸い、原付は無事でしたが、近くの藪で利き腕を切ってしまい、傷は深くないものの、ハンドルを握るのが辛いほどでした。
すると、少し先に病院のような建物が見えました。
そこまでバイクを押して行った彼が見たものは、病院というよりも診療所に近いものでした。
何にしても、医療関係の施設であることは間違いなさそうです。
そう考えた彼は、右手の治療、最悪の場合でも応急処置だけでもお願いするつもりでした。
その診療所(と思われる建物)に入った彼は、診療所とは思えないような雰囲気を感じましたが、奥から白衣を着た男性がやって来ました、「どうなさいました」と、初老の男性特有の深みと柔らかさの混じった声で話しかけてきました。
彼は右手の怪我について説明し、彼に治療を依頼しました。
「すみません、今は薬品を切らしていまして、包帯ならあるのですが」
と言うので、何も無いよりはマシと考えた彼はそれで構わない旨を伝えました。
男性は診療所の奥へ消えて行きました。
それから数分後、いくら待っても男性が戻らないことに不安を感じた彼は診療所の奥まで足を運びます。
しかし、どこにも男性の姿はありませんでした。
すると、机の上に包帯が置いてあることに気づき、勝手に拝借する旨をどこかにいるであろう男性に告げ、自分で包帯を巻きました。
姿を現さない男性を探すことを諦めた彼は、包帯代は帰りに寄る時に渡すと告げ、原付に乗って目的地に向かいました。
結局、目的地についた時には夜になっていました。
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その日、目的地での用事を済ませた彼は、既に遅くなっているため、用事の相手の家に1泊することになりました。
食事も頂くことになり、食事の時間に例の診療所の話をすることにしました。
しかし、その人は首をかしげています。
「おかしいな。そんなところに診療所なんて無いぞ。病院も、というよりも、あそこに何かの施設があったなんて聞いたことがないぞ」
と言うのです。
確かに見た、という彼の言葉に、「正確には『今は』無いんだ。何なら帰りに見に行ってみるといい。
あそこが診療所『だった』かどうかは知らないけど」と、含みのある言い方をしていたのを彼は不思議に思いますが、彼の言うとおり、明日になればわかるだろうと考えました。
翌日、約束通り包帯代を渡すために山道を行くと、彼の目に映ったものは昨日とは違う、荒れ果てた廃墟でした。
建物の面影は昨日の診療所と一緒でしたが、既にあちこち朽ち果てています。
とても人が住んでいるとは思えません。
昨日の出来事は夢だったのかとも思いましたが、風呂に入り忘れ、外していなかった右手の包帯を説明するだけの根拠が彼には無かったのです。