当の昔に全焼した児童施設の少年

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私は遠くの町で迷子になっていました。

その時は、山登りの帰りだったのですが、道を間違えて反対側の麓に下りてしまったのです。

こちら側には帰るための交通手段である電車の駅が無かったので、何とか予定通りのルートまで戻らなけれなばなりませんでした。

しかし、直線距離では再び山を登らなければならず、山を迂回するように目的地を目指したのです。

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しかし、歩き始めて数時間後、自分のいる場所が完全に分からなくなってしまいました。

持っていた地図は、途中の橋の上で強風にさらわれてしまい、川に流されてしまいました。

運悪く、建物も人通りも少ない場所に出てしまった私は、もはや猶予はならじと考え、近くの建物で人に道を聞こうと考えました。

付近には田畑しかありませんでしたが、進行方向に建物を発見した私は早足でその建物を目指しました。

少し古びていましたが、表の看板から察するに児童施設だと分かりました。

私がその建物に入ると、出迎えてくれたのは小さな男の子でした。

誰か大人は居ないかと聞くと、全員出払っているということでした。

私が目的地の場所について聞いてみると、その子には分からないそうですが、代わりに付近の地図を持ってきてくれました。

これがまた古い地図で、しかしながら何とか目的地までのおおよその順路を知ることができました。

それにしても、児童施設ながらその男の子しかいなかったことについて独り言をこぼしていると、男の子は言いました。

その昔、ここでは火事が起きてみんな焼け死んでしまった、と言うのです。

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はて、それと今の状態に直接の関連性はないだろうと思いながらも、とにかく目的地を目指そうと思い、その男の子に礼を行ってから建物を出ました。

建物を出たところで、先ほどの男の子が言っていた火事について思い出しました。

この町に来るときに偶然調べていたことで、何十年も前に児童施設で火事が起き、建物は全焼、職員と子供の多くが焼け死んでしまったということです。

しかし、腑に落ちない点がありました。

知る限りでは、その場所はそのまま残されていて、後には何も建てられていなかったはずではないか、と。

そう思って振り返ると、そこには焼け落ちてから時間が経ち、既に残った部分の多くが朽ち果てている、かつては何かしらの建物があったであろう場所でした。

無論、先ほどまで自分が居た建物は影も形もありません。

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