「水に流す」という言葉があります。
過去のいきさつをきれいさっぱり忘れる、という意味です。
それにあやかって、「過去の失恋をさっぱりと忘れることが出来る」という川の噂が広がりました。
その川に分かれた恋人との思い出の品を流すと、
いつまでも失恋を引きずらずにすむ、ということで、失恋の傷が癒えない男女がやって来ては、恋人からのプレゼントやおそろいで買ったものを持ってきては、川に流していきました。
彼女も、そんな失恋の傷を癒せていなかった女性の一人でした。
噂を聞いてその川にやって来た女性は、川の流れの速さに驚きました。
しかし、これだけ速い流れなら失恋の思い出もきれいに洗い流せるかな、と考えていました。
そんな彼女が持ってきたのは、分かれた彼の写真でした。
厳密には、一緒に写した写真の、自分が写っている部分を切り取った残りの写真でした。
彼女は特に思い出の品と呼べるものを持っていなかったので、分かれた彼にゆかりのある品というと、それしかなかったのです。
彼との思い出を少し思い出しながら、彼の写真を急流に投げ入れました。
彼の写真は、あっという間に流され、見えなくなってしまいました。
吹っ切れた彼女は、少しだけ晴れやかな気分になり、自宅に戻ることにしました。
それから数日後、大学で友人と昼食を食べていた時の話です。
その2日前の台風の話をしていたのですが、急に友人が思い出したかのように話を切り出しました。
「ねえ、もう聞いた?アンタが別れた彼、一昨日の台風で増水した川に流されて死んだんだって。」
彼女はその話を知りませんでした。
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「ちょうど、その日の午前中に彼に会ってたんだけどさ、同じゼミに入ってたから、他のゼミ生と一緒に。その時にゼミでやってた研究がひと段落ついて、写メ撮ってたんだけどさ、ホラ、転送されたのが、コレ。まさかその日の夕方に死んじゃうなんて考えられないくらい元気な顔してんのに。」
と言って、携帯電話の画面を見せてくれました。
彼女は凍りつきます。
その彼の姿に見覚えがあったからです。
そりゃあ、別れたとは言え、付き合っていたのだから当然ですが、問題は彼が身につけていた「服装」です。
その服装は、かつて自分と一緒に写真を撮った時の服装と同じ、つまり、あの日に流した写真の服装と全く同じだったのです。
まさか、自分が彼の写真を流したことが原因なのでは、と思い、怖くなった彼女は午後の講義を休み、気持ちの整理が付く数年後まで、誰にもそのことを話せなかったそうです。